酒田 ル・ポットフー Le pot feu
羽越本線で何処へ行こう?
列車に乗ることそのものを楽しむような旅ならば駅近がいい。
そんな小旅行の訪問先の一つとして、
酒田駅前にある老舗フレンチ
「フランス風郷土料理 ル・ポットフー」を是非紹介したいと思います。
前置きが長くなりますが...
特急いなほ号7往復中4往復が折り返す鉄道の要衝。
そんな酒田も江戸時代以前は、
「西の堺に東の酒田」と並び称された程、
北前舟による海運、最上川水系の水運盛んな
活気ある港町だったと云われる。
現在、銘酒「初孫」で知られる蔵元も、
往時は水運業で財を成した金谷商店の系譜である。
世は明治となり交通の主役は船舶から鉄道に代わりつつあり、
金谷商店も水運から酒造業に事業の主軸を移行していた。
蔵元創業初代の初孫誕生にちなんでつけられた「初孫」とは
表題の「ル・ポットフー」を創業する事になる佐藤久一氏その人であった。
そして、なんと蔵元創業者の「初孫」は家業の造り酒屋を継がずに放蕩...
家柄と人脈に恵まれ映画館グリーンハウスを支配人として運営。
個室シアターや指定席の設定と創意工夫にあふれたもので、
彼の淀川長治氏をして「世界一の映画館」と評させた名館だったと云われる。
人生の転機あり映画から演劇に目覚め上京し日生劇場に勤めるも、
食堂の調達部署に左遷された折に食材目利きの感覚を養った。
酒田実業界の重鎮であった父に呼び戻され産業会館内に、
開店となった「フランス風郷土料理 欅」の支配人を経て、
清水屋百貨店5Fに「フランス風郷土料理ル・ポットフー」
間もなく酒田東急プラザ3Fにも2つ目の、
「フランス風郷土料理ル・ポットフー」を開店させたそうです。
この店は美食家文人たちに「日本一のフランス料理店」と
評されたことがある歴史を持つ程の名店だそうな^^
「ル・ポットフー」は駅前のこのビルに入っている。
陳腐なビジネスホテルといった外観であるのですが...
でも、ご心配は無用です。行ってみましょう(^^)
既に東京には銀座マキシム・ド・パリやラ・ベルエポック等の
一流名店もあったが「ル・ポットフー」は東京を始め、
全国に、酒田に「ル・ポットフー」ありとその名を知られる存在であった
と云われる。
ビルの1階エレベーター前の入り口看板。
此処で予めメニューチェックできます。
東京の一流店と違うのは、庄内の素材を活用した郷土のフランス料理という点。
「地産地消」などという言葉が生まれる遥かに昔の創業時から、
それを実践していたのですから驚きです。なんという先見性。
しかも、日々自身で周辺漁港の競りにクルマを走らせ上質な素材を仕入れ、
フランス料理の巨匠ポール・ボギューヌ氏に教えを乞うた
太田シェフとの二人三脚で絶妙な美味しさを追求し、ホールに於いても
洗練された接客マナーによるホスピタリティーをも実現していた。
地方都市の寂れた駅前にあるとは信じがたい豪壮なインテリア。
最新の洗練とは違うのですが私の世代には、これぞ、ザ、レストラン。
とても落ち着く心地良い雰囲気であります^^
悲運にも久一氏は嘗て手塩にかけた映画館が酒田大火の火元となり、
多くの市民の心情に影を落とす存在となってしまったり、
原価率7割にも達する出血サービスや、深酒による災いにより
同店を辞すことになるなど栄枯盛衰、悲運に満ちた人生であった。
しかし常々「如何に人々に喜んでもらえるか」を心情に事業に打ち込み
そんなに大きな町ではない一地方都市である酒田の名が全国に知れ渡る
きっかけを作った功績は忘れずにおきたい。
今では古びた料理店ではあるものの、
足を運んでみると久一氏の「創業の志や店への想い」は生き続けており、
入店して感じる足を踏み入れて感じる「別世界感」
客の気持察した阿吽の接客マナー、低廉で美味しい料理など、
一度訪れた者の気持を捉えて離さぬ魅力の虜になること請け合いです。
店内の装飾・調度にも久一氏の おもてなし の拘りが感じられます。
訪問時に頂いた「ホウボウのムニエル」
美しく美味しいデザート
尚、遠からず入居するビル一帯が再開発の波に...
酒田の縁ある方なら尚更ですが、今行かなくては後悔します。
もっと酒田が好きになること請け合いです。
歴史の波の中で生まれ輝き、市民に愛されている名店ですが、
再び時流の波に飲み込まれてしまうかもしれません。
この先、同じものは再現できるのでしょうか?
しっかり感じて、味わってゆきませんか^^